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2005年 02月 22日
Newsweek 2005/2/23号
今週号の特集は「ストレスに克つ100の方法」。
ストレスが無くなる事はないのだから、上手に付き合っていこう、といった内容だ。
詳しい内容は、本文に譲るとして、イラストとして使われているスコット・アダムスの漫画のキャラクターが可愛い(下記URL参照)。


一コマ漫画で面白かったのは、中東関連の話題。

「中東和平」という車を直しているシーン。
シャロン「エンジンの修理は私がやるよアッパス君」
アッパス「トランスミッションの整備は私がやろうシャロン君」
ハマス「じゃあ、俺はトランクに爆弾を積んどいてやるよ」


TokyoEye。愛想笑いの国を覆う「いい人症候群」
最近、テレビでも顔を見るようになった李小牧のコラムから。
相手といい関係を築きたいから心をさらけ出す。お互いに率直に言い合えば、けんかをしても尾を引かない。
 日本人がけんかをしないのは、「いい人」と思われたいからだ。
この場合のけんかが、口のみの喧嘩なのか、それとも暴力も含めての喧嘩なのか分からない(いや、恐らく前者だろう)。

人と人が分かりあえる事など本当にあるのだろうか?

相手の事を分かったと思い込む事が「分かりあえる」というのならば、話は別だが、実際は譲れない部分と譲れる部分を交換することによって、人間関係は出来上がっていると考えている。

それを無意識で出来る(価値観が一緒の)相手が、友達とか恋人(親友)と呼ばれていて、相手との関係において妥協が大きくなればなるほど、友達とはいえなくなる。

が、仕事仲間となれば話は別だ。
同じ目的に向かって行動する為に、妥協も気楽になったりするから不思議だ。

さて、喧嘩に話を戻して、、、
どんなに親友でも、絶対に譲れない部分が出てきたりして、意見が合わない時がある。
その対処が、妥協でも喧嘩でも、人それぞれなわけで、「けんかをしない」から「退屈な人」と片付けるのは、どうだろう?

たとえば、自分と李小牧氏では、この部分の解釈が違うわけだ。

これを、お互いに主張しあっても、平行線だけで話は終らない。
喧嘩になったところでどうにもならない。
もし、話が終結するならば、どちらかが相手を、強引に納得させた結果だろう。
言い包められた方は、本当に納得したのか?実のところは分からない。

また「お互いに率直に言い合えば、けんかをしても尾を引かない。」という部分は絶対ではないと思う。
もちろん、尾を引かないけんかもあるだろうし、友達を無くしたりして一生悔いるけんかだってあるはずだ。
もし、けんかを沢山経験したのに、後悔したけんかを全く経験したことが無いのなら、(けんかの相手が)本気の意見を言わなかったか、自分中心でしか物事を考えられないので相手の本意を無視しているか、どちらかではないか?と勘ぐってしまう。

「相手といい関係を築きたいから心をさらけ出」したとしても、妥協出来ない部分は絶対出てくる。
分かり合えない部分(譲れない部分)を自覚した後にも、相手を尊重出来るか?こそが、人間の大きなテーマの一つだと思う。

「話せば分かる」という言葉には、自分の意見を出しただけで満足してしまうという(相手を無視した)人間性という裏を感じてしまうといったら大袈裟だろうか?

参照URL。
Newsweek Japan Online
ディルバートのリストラ社会生き残り術―対訳
Dilbert.com - The Official Dibert Website
United Media K.K.
歌舞伎町案内人--李小牧公式サイト
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by barry_lions | 2005-02-22 00:08 | Memo


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