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2004年 04月 19日
SWEET SIXTEEN
(少々ネタバレ有り)
試写会が当たっていたのに、仕事で行けなかったこの映画。
大雑把な感想を言ってしまえば、ケン・ローチ版の「トレインスポティング」である。

監督/ケン・ローチ(Ken Loach)
出演/マーティン・コムストン(Martin Compston)・ピンボール ウィリアム・ルアン(William Ruane)・シャンテル アンマリー・フルトン(Annmarie Fulton)・スーザン ミシェル・アバークロンビー(Michelle Abercromby)

ストーリーは
ケン・ローチの新作『SWEET SIXTEEN』に描かれるのは、主人公の少年リアムが16歳の誕生日を迎えるまでの2ヶ月あまりの物語である。
リアムには少年ながらの考えの甘さがある。
家族。
学校。
社会。
この年代の子供を助けるべき全てが、リアムを追い詰める。
世の中が機能していないのか、リアムがナイーブすぎるのか、結末はケン・ローチ特有の救われない終わり方で映画は幕を閉じる。
こうした展開をサッチャリズムに対する痛烈な皮肉と見る向きもあるだろう。かつてサッチャー政権は、企業の合理化や自助努力を強く奨励した。ピザの宅配システムを改革し、パソコンで顧客管理を始めるリアムは、まさにその忠実な実践者だといえる。しかしこのドラマは皮肉の次元を遥かに越えている。イギリスではサッチャリズムによって消費社会が拡大し、その裏ではドラッグの市場も拡大した。ビッグ・ジェイはそんな裏の市場を代表しているが、リアムはその裏の市場を限りなく表に近いものに変えようとしているのだ。
サッチャー政権の「痛みの伴う改革」という手術は、イギリスの経済を活性化させ、そして上昇させた。
しかし、その「痛み」とは、麻酔を打たずにメスを入れることに似ており、切られた個所の悲鳴は、ニュースそして映画などで十分伝わってくる痛さだった。
ローチの代表作である『ケス』とこの映画は、どちらも15歳の少年を主人公にし、彼らはともに社会によって未来を奪われているが、その社会には大きく違うところがある。『ケス』では、タカの飼育が物語る少年の豊かな個性や知恵は、人間を画一化するような階級や社会制度のなかで見過ごされ、押しつぶされていく。これに対してリアムもまた、弱者を冷酷に切り捨てる社会のなかで、逆境に立たされているが、彼を取り巻く自由市場は、最低限の秩序の維持を刑罰に委ね、社会に最大限の放任状態を生み出そうとする。そこには、彼のように頭の切れる若者が、その能力の使い方を一歩間違えると、どこまでも深みにはまっていく恐ろしさがあるのだ。
アメリカ的資本主義がイギリスに浸透するのと同時進行で、アメリカと同じくドラッグ社会も繁栄していく。
リアムは16歳になる直前に、そんな社会の中で人生の大きな選択をしなければならなかった。

この映画のラストシーン。
彼は浜辺を歩き、姉と電話で会話する。
姉は母親を見切りったという点においては、リアムとまったく対極に位置するが、リアムを一番心配してくれていた人物でもある。

浜辺を歩いているリアムを見ていると、思わず「罪と罰」の第1部の最後を思い出した。
 しかしそれは新しい歴史の始まりである。一人の人間が次第に更新されていく歴史、次第に生まれ変わっていく歴史、つまり一つの世界から別の世界へと次第に移って行く歴史が始まる。新しい、それまでまったく知らなかった現実との出会いの歴史である。それは新しい物語のテーマとなるであろう。しかし私たちの物語ここで終わった。(「罪と罰」第2部の最後より)

参照URL
『SWEET SIXTEEN』
ケン・ローチ監督『SWEET SIXTEEN』/cmf
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by barry_lions | 2004-04-19 14:43 | Cinema


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