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2004年 07月 06日
ジェシー・ベンチュラ。(その1)
政界入りしたプロレスラーで一番成功した人物といえば、誰もが間違いなく彼=ジェシー・ベンチュラ(JesseVentura)をあげるだろう。

彼がミネソタ州知事に立候補をした時、知識人と呼ばれる誰もがジョークと受け止めた。
ミネソタ州ブルックリンパークの市長を努めた彼の実績よりも、彼が元プロレスラー(よりも解説で有名)という点がクローズアップされたからだ。
彼とそのスタッフにとっては、それがジョークのはずはなかった。
そんな彼らは、ネットワーク系の討論会で共和党と民主党の州知事候補は呼ばれたのに、ジェシー・ベンチュラが無視されたこと(呼ばれなかった事)を苦々しく思っていたに違いない。

インターネットを利用して、浮動票を得た彼は、ミネソタ州知事に当選する。
この結果は、アメリカでは衝撃を持って伝えられたという。
彼が元プロレスラーだったという事実が衝撃だったのではなく、二大政党を破っての当選という結果が衝撃的だったのだ。

当選後、この色物州知事は、マスコミから面白おかしく書かれる事も少なくなかった。
が、民主党でも共和党でも無い彼は、二大政党に縛られる事無く、公約を実現していく。
超がつくほどの保守主義ともいわれていたジェシー・ベンチュラだが、政策毎に民主党に擦り寄ったり、共和党の意見を取り入れたりして、政治という難解な荒波をスイスイと泳いで渡った。
時には、強硬手段で大批判を食らうこともあったが、2大政党に属さず、しがらみの無い彼は、気にもしなかった。
批判と賞賛をマスコミから受けながら、人気だけは落ちる事がなく、二大政党は頭を抱えていたという。
圧倒的な支持率を得たまま州知事の座から降りたのは、つい数年前の事だ。
# 結果的には、何の業績も残さなかったという意見ももちろんある。

このジェシー・ベンチュラを支えていたのは、彼の政策スタッフであったというのは周知の事実であり、その後、政策スタッフの不協和音から何人が辞めた事が、政治活動を辞めた事の直接の原因とも言われている。

ジェシー・ベンチュラは、政策の具体的な質問を答えることは少なかった。
「細かい話はスタッフに聞いてくれ!」
俺は真中で構えているだけさ!とでも言わんばかりの態度だが、批判も全面で受け止めるという覚悟と有言実行の結果が、彼の高感度を上昇させた。
ジェシー・ベンチュラ個人というよりも、チーム・ジェシー・ベンチュラというスタイルが、彼のスタンスだったのだろう。

後々には、大統領選出馬も噂されるジェシー・ベンチュラだが、選挙&政策スタッフが揃っていなければ、厳しいというのは、彼にも分かっているはずだ。


参照URL
Sakai Ronza article Jan 2002PRANJ 政策海外ネットワーク
ハートランド・レポート 第8話「ミネソタ州知事さんは、元プロレスラー」ワールドリポート
ボランティアマネジメント最前線2002年2月-一貫性のない政府からのメッセージ:ミネソタの例から学ぶもの大阪ボランティア協会ホームページ
ジェシー・ベンチュラ/レスラーノート
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by barry_lions | 2004-07-06 16:43 | Memo


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