<< 大失敗。 生きるのを楽しむコツ >>
2007年 12月 20日
Man on Fire
今年(2007年)読んだ本(備忘録)。

燃える男
運命からは何も生じはしない。人間が関係するあらゆる出来事、あらゆる事件は、本人や他人による行動の結果なのだ。幸運はでたらめな現象ではない。運命は定められたものによって予定されているのだ。
デンゼル・ワシントン、ダコタ・ファニング主演の映画「マイ・ボディガード」の原作「燃える男」。
監督もお馴染みトニー・スコット。
「間違った鍵でドアを開けようとしているようなものだわ。鍵穴には入っても、回せないの」
「たぶん鍵穴が錆びているんだろう」
フランス人看護婦がクリーシィと別れた理由。それを伝え聞いたクリーシィの返事。

クリーシィ(デンゼル・ワシントン)は、傭兵に疲れて傷つき、酒に溺れていた。
そのクリーシィのくたびれたキャラクターは、
失望や挫折によっては彼女の楽天主義は曇らなかった。彼女は子犬のようなものだった。好奇心の凝りかたまりで、なにか奇妙なものにぶつかると一歩跳びのくが、それから鼻をひくひくさせながら少しずつにじり寄るのだ。
ピンタ(ダコタ・ファニング)との出会いにより、人としての生きがいと目的を見つけることになる。
「あんたのために太陽は触れない、雲に手が伸ばせない、あんたをもう一度若くはできないという歌だ。しかしグィドー、それこそ彼女がおれにしてくれたことなんだ。太陽に触ってくれたんだ。」
ドクター・フックの歌を引用してクリーシィがピンタとの関係を説明しているわけだが、そのピンタの復讐の為にグィドー(クリストファー・ウォーケン)の力を借りることになる。
会話は先生と生徒の対話という性格を失い、対等な立場での議論となった。黙っていても気まずくならず、緊張も感じないということに、二人とも気づくようになり、友人ができたという実感を驚きとともに感じるに至った。
戦場を生き抜いた二人は(クリーシィとグィドーは)そうやって関係が深まった。
「理屈ですって!なんという言葉なの。愛が理屈に合ったためしがあるのかね。」
復讐の鬼になったクリーシィ。そのリハビリ中。
クリーシィを好きになったナディアの母ラウラが、その愛に応えるのに躊躇しているクリーシィを説得しているセリフから。
お互いの肉体を発見し、感覚を探検した。彼は支配者だったが、やさしかった。彼女は従順だったが、対等だった。
結局、二人は結ばれるのだが、クリーシィの炎が燃え尽きることは無かった。
肉体の調整が仕上がりかけたいま、彼は早く仕事にかかりたくてじりじりしていた。準備は長くきつかったが、目的があったからこそ耐えられたのだった。それが終ろうとしているいま、心は先走り、戦術に綿密な検討を加え、問題を予見しようとした。心は肉体の先を越し、肉体が追い付くのを待っていた。あと二週間で肉体と精神は一体となるだろう。
傷から癒え、復讐の準備が終わりに差し掛かったクリーシィの心情。

Man on Fire。

クリーシィの燃え尽きない復讐の炎。
ピンタに対する愛情と後悔。
圧倒的に展開する活劇小説だけではなく、クリーシィの切なさこそが、この小説の本題。
A.J.クィネルの処女作にして最高傑作。
[PR]
by barry_lions | 2007-12-20 08:32 | Memo


<< 大失敗。      生きるのを楽しむコツ >>


アクセス解析